語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2017-08

« 12345678910111213141516171819202122232425262728293031»

[2017-07-25]  露と山  

「人間」vs「自然」というのは多くの場で持ち出される対比構造であるし、もはや陳腐とさえ言えるかもしれない。特に近代における工業の発展に伴って、公害や環境問題の文脈において語られることの多かったテーマであり、環境保護の理念がある程度浸透した現代においては、改めて強調するまでもなくその二項は人々の頭の中にすでに備わっているに違いない。

だが、人間vs自然の対比は現代においても依然として本質的な議論を内包し、ある意味では人類にとって永遠の未解決課題として残っている。そもそもの問題は、人間と自然が完全に二分できないということに端を発する。我々が自然という語を用いるときに想定する動物や植物と同じ細胞によって構成され、同じ生命メカニズムによって日々の生活を営むのが人間であるという点に、根本的な難しさがあるのだ。

芋の露 連山影を正しうす


という飯田蛇笏の有名な句がある。

続きを読む ≫

[2017-06-07]  獣とは何か  

おそらく今年最大の話題アニメであろう「けものフレンズ」の放映が終了してから、早くも2ヶ月が経とうとしているが、現在進行形で全国各地の動物園をはじめとするコラボイベントやグッズ販売など、新しい企画が次々と繰り出されており、いわゆる“けもフレ”ブームはまだまだ収束の気配を見せていない。

どうして「けものフレンズ」がここまでの人気作品となりえたのか、ということに関しては様々な人が様々な推測を述べている。というのも、近年で爆発的ヒットを巻き起こした他のアニメ作品群とは明らかに毛色が異なっているのだ。

例えば「魔法少女まどか☆マギカ」は3話の時点で味方の魔法少女が惨殺される衝撃シーンがあり、そこで一気に注目を集めた。その後も“魔法少女という表題を掲げておきながら主人公が魔法少女にならない”という意外性が視聴者たちの興味を引く大きな要素となった。

続きを読む ≫

[2017-05-30]  美少女ゲーム作品に見るニーチェの思想  

【本記事は、2015年8月に刊行した同タイトル書籍の全文となります。発刊から一定期間が経過したため掲載致します。新刊案内時の記事はこちらです。】

-------------------------------------

(1)はじめに

僕は今でこそ小説、アニメ、ゲーム等々が大好きですが、小学生の頃は物語作品というものにあまり興味が持てず、読書もどちらかというと嫌いなほうでした。それでも一つだけ好きな本のジャンルがあって、それは世界中の偉人について書かれた伝記でした。なかでも特に僕の心を引いたのは「エジソン」や「ライト兄弟」などの発明家と呼ばれる人たちのエピソードで、何度も読み返しては、家の戸棚にあった工具類を引っ張り出してきて自分でも何か新しいものを作ろうと励んでいた記憶があります。(もちろん全部ガラクタにしかなりませんでしたが。)

続きを読む ≫

[2017-05-29]  『永遠の0』と『魔法少女まどか☆マギカ』の類似点に関する考察  

【本記事は、2015年8月に刊行した同タイトル書籍の全文となります。発刊から一定期間が経過したため掲載致します。新刊案内時の記事はこちらです。】

-------------------------------------

(1)はじめに

今年僕が読んだ本の中で特に印象に残っている作品の一つに、『永遠の0』がある。2013年に映画化されて話題になっていた本作だが、「戦争もの」ということで何となく避けてしまっている人も多いのではないかと思う。だが少なくとも言えることは、原作小説と映画版のどちらにおいても、いわゆる戦争賛美の視点に立った物語では決してなく、むしろそれとは真逆のメッセージ性を持つ作品だったということである。そのメッセージが正しいかどうかはともかくとして(僕自身、この作品の方向性に賛同できない部分も少なからずあるのだが)、明治維新以降の近代日本の集大成であり、終点であり、そして現代の日本の起点ともなった太平洋戦争について、多岐にわたる情報および一定の見方を提示してくれているという点で、そこから連なる今という時代を生きる日本人にとって一読あるいは一見の価値が十二分にある作品だと確信している。

続きを読む ≫

[2017-04-27]  ほのぼの神社のすすめ  

皆さんは“世界でもっとも数多くアレンジされている曲”をご存知でしょうか?

僕ははっきりとは知りません。詳しい人がいたら教えてください。
世界各地の民謡やクラシック音楽などを含めたら、なかなか正確な数値化が難しいようにも思います。

ただ、ちょっとネットで調べてみたところ「アレンジ数が多い」ということで一番有名なのが「popcorn」という曲のようです。

調べて聞いてみたら、たしかに僕もこの旋律に聞き覚えがありました。
つまりはそれくらい色々な場所で使われているということでしょう。
(カバー曲は数百~数千あると言われており、アマチュアも含めるとさらに大きい数になるようです。)

続きを読む ≫

[2015-08-21]  アニメ作品に見るニーチェの思想  

19世紀末のドイツにおける代表的な哲学者フリードリヒ=ニーチェの思想は、当時の西洋哲学界に対して大きな衝撃をもたらしただけではなく、20世紀以後のいわゆる現代哲学の各潮流にとっても無視することのできない、重大な指摘を内包するものとしての存在感を示していました。そして21世紀を生きる我々現代人にとってもそれは同様であり、また哲学の世界だけではなく、様々な物語作品の中にその思想の残滓を読み取ることができる例というのも、今ではいくつか存在します。

今回は日本のとあるアニメ作品について、それを考えてみたいと思います。

さて、その前にニーチェの思想とは何だったかを整理しておくと、一言で表すならば「神は死んだ」でした。もう少し詳しく言うならば、「あの世基準ではなくこの世基準で物事を考えろ」ということです。そしてさらに正確に言うならば、たとえこの世基準であっても他人に言われるままではダメで、自分で自分の生き方をしっかり考えなくてはならない。そして「こう生きよう」と思った道を見つけたならば、何としてもその道を進んでいけ、という力強いメッセージを含んだ哲学でした。

続きを読む ≫

[2015-07-23]  ニヒリズムとどう向き合うか  

タバコを吸う主人公というのは、美少女ゲームにおいては珍しい気がする。 学園を舞台にした作品においては特に、である。主人公が学生であるにも関わらずタバコを吸っているということは、彼がいわゆる不良であるとか、あるいはそこまでいかなくとも世間や大人といったものに多かれ少なかれ反抗的であるとか、いずれにせよ不真面目なイメージがどうしても付随してしまう。

元来、美少女ゲームというのはシミュレーションゲーム、すなわちプレイヤーが主人公と同じ視点に立って、ゲーム内で起こる出来事を追体験するという趣旨のエンタテインメントとしての性質を持つ。そこではプレイヤーが自分と主人公を重ね合わせるという過程が必要となるが、主人公が妙に個性的だったり、あるいは好感のもてないキャラだったりするとプレイヤーは主人公に完全に共感できず、結果として物語に入り込むことができない。

それが恋愛物語ならなおさらである。共感できない主人公の恋愛の過程を画面越しに読み進めるなんていうのは、興味のない知り合いの恋愛話を延々と聞かされるよりもたちが悪い。だからこそプレイヤーの分身となる主人公には、あまり特徴のない、あたりさわりのない、無難な人格が好んで用いられてきた。厭世的で、毎日学校の屋上でタバコを吹かしている……などというのは、恋愛シミュレーションゲームの主人公にはふさわしくないのである。

続きを読む ≫

 | ホーム |   ≫次の10件


 

 プロフィール

柾葉 進  (まさば すすむ)

 ブログ内容

哲学、歴史、文学、評論等。アニメやエロゲ(美少女ゲーム)を切り口にして論じたものが多数あります。

 ブログ案内

 全記事リスト

全ての記事の一覧

 ブログ内検索

 連絡先

pantheratora2369
☆zoho.com
(☆を@に変えて下さい)

 カテゴリ

 年別アーカイブ

 新刊情報

 
● 「『永遠の0』と『魔法少女まどか☆マギカ』の類似点に関する考察」
 
● 「美少女ゲーム作品に見るニーチェの思想」

 RSSリンク

 

FC2Ad