語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2017-08

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[2017-05-30]  美少女ゲーム作品に見るニーチェの思想  

【本記事は、2015年8月に刊行した同タイトル書籍の全文となります。発刊から一定期間が経過したため掲載致します。新刊案内時の記事はこちらです。】

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(1)はじめに

僕は今でこそ小説、アニメ、ゲーム等々が大好きですが、小学生の頃は物語作品というものにあまり興味が持てず、読書もどちらかというと嫌いなほうでした。それでも一つだけ好きな本のジャンルがあって、それは世界中の偉人について書かれた伝記でした。なかでも特に僕の心を引いたのは「エジソン」や「ライト兄弟」などの発明家と呼ばれる人たちのエピソードで、何度も読み返しては、家の戸棚にあった工具類を引っ張り出してきて自分でも何か新しいものを作ろうと励んでいた記憶があります。(もちろん全部ガラクタにしかなりませんでしたが。)

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[2015-07-23]  ニヒリズムとどう向き合うか  

タバコを吸う主人公というのは、美少女ゲームにおいては珍しい気がする。 学園を舞台にした作品においては特に、である。主人公が学生であるにも関わらずタバコを吸っているということは、彼がいわゆる不良であるとか、あるいはそこまでいかなくとも世間や大人といったものに多かれ少なかれ反抗的であるとか、いずれにせよ不真面目なイメージがどうしても付随してしまう。

元来、美少女ゲームというのはシミュレーションゲーム、すなわちプレイヤーが主人公と同じ視点に立って、ゲーム内で起こる出来事を追体験するという趣旨のエンタテインメントとしての性質を持つ。そこではプレイヤーが自分と主人公を重ね合わせるという過程が必要となるが、主人公が妙に個性的だったり、あるいは好感のもてないキャラだったりするとプレイヤーは主人公に完全に共感できず、結果として物語に入り込むことができない。

それが恋愛物語ならなおさらである。共感できない主人公の恋愛の過程を画面越しに読み進めるなんていうのは、興味のない知り合いの恋愛話を延々と聞かされるよりもたちが悪い。だからこそプレイヤーの分身となる主人公には、あまり特徴のない、あたりさわりのない、無難な人格が好んで用いられてきた。厭世的で、毎日学校の屋上でタバコを吹かしている……などというのは、恋愛シミュレーションゲームの主人公にはふさわしくないのである。

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[2015-06-17]  桜、うそ、現代社会  

「ねぇ、兄さん。うそはね、願いによく似ているの。
 そして、“憧れ”。」


ヒトが理性によって特徴化される社会的動物である限り、「合理的」という言葉は往々にして肯定的なイメージで捉えられる。

ゆえに人間社会は常に合理化される方向に進んでいく。日常の細部にまで理屈が浸透し、我々の生活は徐々に整備される。それを実行する社会的意思は、歪なる存在を不快とする。二つの事物に差があればそれらを均し、「平等になった」と安堵する。

整備が進めば進むほど、やがて些細な歪みまでもが排除の対象となる。理屈に合わないもの、感情的なもの、「正しくない」ものは悪だとされる。我々人間にとって最も身近な不正である、“うそ”でさえも。かくして、理路整然として美しい社会、きれいな世界は完成へと向かう。

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[2015-05-11]  最果てのイマ  

密度と言ってもいろいろあるが、“知的密度”が高いエロゲと言えば、やはり2005年にXuseが世に放った『最果てのイマ』が真っ先に挙がるのではないかと思う。シナリオライターは田中ロミオだ。よくもまあこれほど凄まじい作品を作ったものだと感嘆せざるを得ない。

ネットでは彼独特の文章の調子を「ロミオ節」と呼ぶことが多いが、ロミオ節がもっとも凝縮されているのがこの『最果てのイマ』ではないだろうか。少なくとあらゆる田中ロミオ作品の中で随一の難解さを誇っており、読み応えという点において、この作品を上回るものはエロゲ全体で見てももそうそう名前が挙がらないだろう。

田中ロミオと言えば『CROSS†CHANNEL』というのが世間一般の認識である(といってもかなり限られた世間ではある)が、『最果てのイマ』はさらに輪を掛けて通向けなところがある。日本酒に例えるならば『CROSS†CHANNEL』は清酒で、『最果てのイマ』はにごり酒といったところだろう。にごり酒は清酒より栄養価も高く、濃厚な味わいが楽しめる。ただ、もちろん一周回ってやっぱり清酒が王道だねというような点が『CROSS†CHANNEL』にもある。酒好きが皆にごり酒を好むとは限らないのと同じで、ロミオの玄人ファンの中でも両作品の間で好みは分かれるのではないかと思う。

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[2014-12-11]  つくられたクローバー  

隠れた名作エロゲとしてよく名前が挙がるのが(それはもはや隠れてはいない気はするのだが)、2002年にLittlewitchから発売された『白詰草話 -Episode of the Clovers-』であろう。OPテーマ曲であるresetの「escape」は有名であり、それをきっかけにこのタイトルを知ったという人も多いのではないだろうか。また使用されているBGMも綺麗なものが多く、スタート画面で流れる「透明な感覚」を聞きながらしばらくぼーっとしたという経験は僕だけではないはずだ。

そしてこの作品はシナリオにおいても光るものがあり、その魅力を一言であらわすと、「人間や生命について考えさせられる場面がいくつも散りばめられている」という点。これに尽きるだろう。

しかし目の肥えた人にとっては、こう批判することもできる作品である。すなわち「一見哲学的で答えのない問いかけを無意味に並べてみせているだけで、そこには一貫した思想も明確な結論も提示されず、ただ深遠な雰囲気を取り繕っているだけの薄っぺらい作品だ」と。もし僕が「この作品をけなしてくれ」と頼まれたら上みたいなことを言うのだろうが、無論これは詭弁でしかない。

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[2014-11-10]  エロゲ史概論  

(1)エロゲを生んだ3つのルーツ

現在のエロゲには多種多様なジャンルの作品が存在しますが、その歴史を辿っていくと実はその根底に“3つのルーツ”があるのではないか、というのが僕の考えです。

一つは、文字通りの「エロゲーム」。30年以上前にPCというものが一般に普及し始めたとき、それに伴って様々なゲームが作られましたが Hなゲームというのも当然ながら需要があったと思われます。ご褒美画像のあるクイズゲームや脱衣麻雀など比較的単純なものに始まり、やがては、よりエロい状況を追究した特殊なシナリオの作品も次第に作られるようになっていきました。

二つめは、「恋愛シミュレーションゲーム」。これは美少女との恋愛の過程、あるいは恋愛成就に至るまでをゲームのテーマに据え、選択肢を選ぶことで結末が変化していくものです。有名なものとしては『ときめきメモリアル』などが挙げられます。本来この恋愛シミュレーションゲームにはアダルト的な要素は必須ではなく、純粋に恋愛を追体験するという目的があります。(少し前でも『ラブプラス』など、全年齢向けの恋愛ゲームはそれなりに人気を博しました。)

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[2014-10-25]  伝説たる所以  

ついにあの“伝説”のエロゲを終えました。

数多の古株エロゲーマーたちが口を揃えてまるで崇拝と呼ぶに等しいほどの絶賛を与え、「いつかこれを超えるゲームに巡り会える日が来るだろうか……」と遠い目をして語る。そして実際、発売から18年が経ち、エロゲがこれほど多種多様に発展を遂げた今の世でもなお、金字塔中の金字塔とされるエロゲ作品。

その名こそ、『この世の果てで恋を唄う少女 YU-NO』。

今、自分の手でこの作品を最後まで終えて、上記の評価が誇張ではなく正しいものであったことを実感しています。もちろん物語作品に対して明確な優劣というのはつけられるものではないし、見方によってはこの『YU-NO』を越えるシナリオも、昨今のエロゲにはたくさんあります。ですが、緻密なSF的理論と巧妙な世界設定を敷いた上で「セーブとロードが可能である」というゲームの特性そのものをシナリオの中に取り入れ、時空間をテーマにした壮大な物語として高次に完成されているのが『YU-NO』の最大の特徴であり、いわばエロゲという媒体の本質を追究したという点では、他の作品には無い格調高さを有していることは事実です。(多少のネタバレ含みますが、核心的な部分は避けて書きます。)

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[2014-08-22]  少数派精神が生んだもの  

僕がおそらく最初に名前を覚えたエロゲ会社は「minori」だったと思います。

“We always keep minority spirit.”(いつも少数派の魂で。)

というキャッチフレーズの「minority」と、日本語の「実り」を掛けた社名のようです。

僕は昔から小説を好んで読んでいましたが、一方で漫画やアニメといったものにも親しんでおり、2次元文化には僕なりに可能性を感じていました。そしていつの頃からか小説の持つ文章と、2次元の持つ絵が組み合わさったものとしてライトノベルにもたどり着き、古今の作品を読みあさった時期もあったのですが、「もう少し2次元の絵の要素が多くなってくれないものか」とも思っていました。もちろんラノベの独特のバランスも好きなのですが、その表紙とモノクロの挿絵だけで体現できる以上の繊細な表現力が2次元にはあり、かといってアニメや漫画においては、文章という要素が小さくなってしまう。この間の絶妙な文章/絵の比率で成り立つ媒体があれば良かったのですが、そんなものは僕は知りませんでした。

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[2014-07-17]  悪×討論×ループ  

もはや時間が繰り返す「ループもの」というジャンルの物語は出尽くしたのではないかという空気が漂っている昨今ですが、どうやらまだ開拓の余地が残されていたようです。

2013年発売のエロゲ、『ギャングスタ・リパブリカ』。「悪」×「討論」×「ループ」という通常全く結びつかないような3要素を掛け合わせて料理してしまった、いわば異色の名作でした。


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主人公・時守叶は、幼少時から一つの信仰を持ち続けていた。それはある日、ある男が彼に語った「悪が世界を変える」という言葉だった。彼は自ら「悪」になりたいという願いを抱き、それゆえに周囲の人間との間にいつしか心理的な隔絶が存在するようになっていた。

そんな時、彼の前に一人の少女が現れる。

「ガラクタが……あるのね?」

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[2014-03-14]  ループものの開拓  

物語作品の種類のひとつに“ループもの”という括り方がある。

主人公の時間がループする……もう少し正確に言うと、「世界全体の時間が巻き戻るのに主人公の記憶だけはリセットされないため、主人公はその期間を繰り返し体験することになる」という類のシナリオだ。有名でかつ古い作品例としては、筒井康隆のSF小説 『時をかける少女』(1967) だろうか。

いわゆるタイムトラベルやタイムリープという現象を扱った作品、と言い換えることも出来る。ただし何十年も昔や何百年先の未来に飛ぶのではなく、一日、一週間、あるいは一ヶ月程度の期間を文字通り「繰り返す」というのが、“ループもの”の一般的な捉え方であろう。

最近の数年間で、日本のアニメ作品において、実はこのループものが急速に発展を遂げた。アニメ業界に革命を起こしたとさえ評される、『涼宮ハルヒの憂鬱』(2003)においても、一部にループ要素が取り入れられていることは、その一端と言える。しかしループものの中核にあるのは、何と言っても『ひぐらしのなく頃に』(2002-2006)ではないかと僕は思う。

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