語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2012-10

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[2012-10-29]  選択肢を捨てた美少女ゲーム  

いわゆるゼロ年代(2000-2009)の美少女ゲーム史が他の年代と比べて最も特徴的である点は、同人ゲームが商業界に対しても多大な存在感を示したという点にあると言えるのではないだろうか。言うまでもなく、僕の念頭には『月姫』と『ひぐらしのなく頃に』という二つのタイトルが浮かび上がっている。いずれも美少女ゲームそのものの在り方に及ぼした影響は計り知れないものがあると僕は考えているが、ここでは特に『ひぐらしのなく頃に』という作品の意義について、一般の美少女ゲームが持つ「選択肢」システムと絡めながら、少し考えてみたい。

『ひぐらしのなく頃に』という作品の鍵は「昭和58年6月の雛見沢」に生じうる様々な可能性を複数の並行世界(パラレルワールド)として描くことで、プレイヤーに物語を多角的に捉えさせることにあるというのは自明のことだろう。しかし考えてみれば、このようないくつもの“ifの世界”を用意する手法は、実はそれほど珍しいものではない。

確かに小説、漫画、アニメ、映画などのメディアにおいては、通常は一本道のシナリオのみが描かれ、「こんな場合もありうる」といった本筋と矛盾するような話をあえて語ろうとする作品はまれであろう。だが、ある一つのメディアにおいてだけは、一本道のシナリオに縛られることなく、話が途中から様々に分岐していくことが容易に可能なのである。そのメディアとは、もちろん「美少女ゲーム」である。

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[2012-10-02]  Wittgenstein meets Schroedinger  

少し前に『素晴らしき日々~不連続存在~』というエロゲについて、ウィトゲンシュタインが主題として扱われていることを踏まえて考察を展開しました。あの作品のシナリオを担当したのは「SCA-自」氏で、彼にとってウィトゲンシュタインは人生をかけた一つの大きなテーマであり、それをエロゲに全てぶつけたという作品でした。エロゲとしては非常に珍しい切り口でありましたが、その斬新な試みを見事に成功させたと言えるでしょう。

ところが、実はエロゲでウィトゲンシュタイン哲学を取り扱っているライターは、彼だけではないのです。もう一人います。「元長柾木」という人物です。

これがまた不思議なところで、あの難解で複雑怪奇なウィトゲンシュタインの思想を、物語作品で表現しようなどという突拍子もないことを考える人が、2人、同じ国の、同じ時代に出現し、しかも両方ともエロゲのシナリオライターだったという……何とも面白い巡り合わせです。

まずSCA-自氏についてですが、彼は先ほども述べたように、2010年の『素晴らしき日々~不連続存在~』という作品をもって、自身のウィトゲンシュタイン解釈の集大成を、世に放ちました。が、実はこの作品には前身があり、1999年の『終ノ空』で、既に彼はウィトゲンシュタインを前面に押し出しています。

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柾葉 進  (まさば すすむ)

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哲学、歴史、文学、評論等。アニメやエロゲ(美少女ゲーム)を切り口にして論じたものが多数あります。

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