語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2014-03

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[2014-03-14]  ループものの開拓  

物語作品の種類のひとつに“ループもの”という括り方がある。

主人公の時間がループする……もう少し正確に言うと、「世界全体の時間が巻き戻るのに主人公の記憶だけはリセットされないため、主人公はその期間を繰り返し体験することになる」という類のシナリオだ。有名でかつ古い作品例としては、筒井康隆のSF小説 『時をかける少女』(1967) だろうか。

いわゆるタイムトラベルやタイムリープという現象を扱った作品、と言い換えることも出来る。ただし何十年も昔や何百年先の未来に飛ぶのではなく、一日、一週間、あるいは一ヶ月程度の期間を文字通り「繰り返す」というのが、“ループもの”の一般的な捉え方であろう。

最近の数年間で、日本のアニメ作品において、実はこのループものが急速に発展を遂げた。アニメ業界に革命を起こしたとさえ評される、『涼宮ハルヒの憂鬱』(2003)においても、一部にループ要素が取り入れられていることは、その一端と言える。しかしループものの中核にあるのは、何と言っても『ひぐらしのなく頃に』(2002-2006)ではないかと僕は思う。

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[2014-03-01]  物質と精神、どっちが大事?  

僕自身の思想を一言で表すならば、「唯物論を基調としながらも観念論を志向するが、究極的には不確定性を謳歌する」というものです。もちろんこれだけでは抽象的すぎてわかりづらいと思うので、順を追って説明いたします。

まず唯物論vs観念論というのは哲学における最も大きな対立軸の一つだと僕は考えていて、どういう議論なのかをざっくり要約すると「この世の基本は物質か、それとも精神か」という話です。科学の考え方が一般的となった現代においては、前者のほうが理解しやすいのではないかと思います。宇宙にある全ての存在は分子、原子、そしてそれより細かい粒子や素粒子によって構成されており、人間の脳もまた例外ではなく、精神とはあくまで脳が生み出す高次活動である、つまり「物質あっての精神」という見方です。

一方で、「精神あっての物質」だと考えるのが後者です。どういうことかというと、例えば今自分の近くにある適当な物に触れてみてください。仮にペンだとしましょう。しかしそのペンは、本当にそこに存在すると言いきれるでしょうか? 目に見えて手に触れることができても、それは自分がそう認識しているだけの話で、視覚や触覚の証明にはなりますが、物自体の存在証明にはならないのです。有り体に言えば幻覚かもしれないということです。他の人もペンを認識してるのだから幻覚ではないという反論があるかもしれませんが、この世の全員が幻覚を見ているかもしれません。あるいは“他の人”そのものが自分の見ている幻覚という可能性すらあります。突きつめて考えてみると、実はこの世界には自分の精神以外に何一つ確実なものが存在しないのです。

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柾葉 進  (まさば すすむ)

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哲学、歴史、文学、評論等。アニメやエロゲ(美少女ゲーム)を切り口にして論じたものが多数あります。

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