語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2018-08

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[2014-06-13]  MADという芸術  

「MAD」と呼ばれる動画作品群がある。

簡単に言うと「アニメ等の映像を自分なりに切り貼りして作った動画」である。一番初歩的なMADは、あるアニメのOPムービーの音楽を別の曲に差し替える、というものだろう。ある意味、MAD=「自作OPムービー」と言い換えてもいいかもしれない。

「このOPは映像が良いけれど、曲がどうも合ってないなぁ」
「あの曲のほうが合ってるんじゃないか」

と感じて、PCに入ってるwindowsムービーメーカを起動して、試行錯誤しながらOP映像の曲を差し替え、自分だけの「オリジナルOPムービー」を作った経験がある人少なくないのではないだろうか。(僕もときどきやっている。)

インターネット上には、そうやって作られたMAD動画がけっこう公開されている。曲だけを入れ替えたものから、曲に合わせて映像を切り貼りしたもの、さらには独自の効果や演出を加味して芸術性を高めたものまで、多種多様なMADが存在する。

MADのほぼ全てに共通することは、「自分でゼロから生み出したものではない」ということだ。あくまで他人の作品を元にした2次創作であるという点に留意しなければならない。もちろんそれでお金を取るようなことをすれば一発でアウトだ。正式な作品ではない、という意味合いが、「MAD(狂った)」という名称に含まれているようにも思う。

しかしだからと言ってMADに価値がないかというと、そんなことはない。MADは、元となった作品を引用してはいるが、そっくりそのまま同じなのではない。言うなれば友人に物語のあらすじを説明しながら作品の良さを伝えるようなもので、そこに「著作権の侵害だ」と目くじらを立てるのは野暮というものだろう。(もちろん程度問題ではあるが。)

MADは、優れた作品紹介と同じくらい、いや時にはそれ以上に、元作品の素晴らしさを伝えてくれることがある。元作品の作者自身が、「ファンの人がこんなMADを作ってくれました」と紹介する例もある。実際、そのMADを見て、「面白そうだな」と感じて元作品を購入した、という人はたくさんいたはずである。僕自身も、何度もそういう経験がある。優れたMADは、非公式ながら宣伝ムービーの役割を果たすこともあるのだ。

さて、MADは主にアニメ作品を元にして作られる。MADとは動画であり、映像素材を必要とするのだから当然である。ところが、エロゲを元にしたMADが作られることがある。エロゲ自体には動画要素はほとんどないのにも関わらず、である。エロゲはよく「紙芝居ゲーム」と揶揄されるように、動かない絵と、音楽と、文章だけで構成されている。その“動かない絵”を組み合わせて、“動画”を作るのだ。

それが、「静止画MAD」である。

静止画MADは、通常のMADよりも、格段に高度な技術が要求される。たとえば一枚の絵のデータをぽんと渡されて、「このキャラが腕を動かす映像を作ってほしい」と言われても、ほとんどの人が途方に暮れるだろう。さらにその絵の背景が真っ白ではなく、風景の中で人物が立っているという画像だったとき、「もういっそこの絵にこだわらずに、最初から全部自分で作らせてくれた方が楽なのに」と匙を放り投げたくなるに違いない。

一枚の完成された絵の、人物だけを動かすためには、その人物の後ろに隠れている背景を自分で補完して描かなくてはならないのだ。絵柄も色彩もタッチも、他の部分とまったく同じにして違和感がないようにしなければならない。それが終わって、ようやく人物を動かす作業だが、これも自然な動作に見えるようにするには相当の経験が必要となる。そしてこれもまた、元絵のキャラクターの絵柄と同じ絵を何枚も書かなければならない。

ゼロから何かを生み出す創造性も大変さを伴うものだが、他の人が作ったものの雰囲気を壊さずにそれを改編する作業は、ときとしてゼロからの創造以上に不自由で、手間がかかる。静止画MADは、そんな途方もない作業の積み重ねなのだ。キャラクターの手足を動かすだけではない。瞳の大きさ。まばたき。口の開閉。それらによって笑ったり泣いたりの表情を表現し、また状況によっては髪を揺らしたりもする。

これだけの労力をかけても、当然、一銭ももらえない。けれども静止画MADを作り続ける人がいる。彼らは「MAD職人」と呼ばれるが、その呼称は的を射ていると言える。お金のためではなく、あくまで作品への愛が、彼らの原動力なのである。

そんなMAD職人の、最も有名な一人である軍魔氏が、先日引退宣言をした。

彼は14年間、エロゲを中心とするMADを作り続けてきた。彼の最大の本領は、静止画MADでこそ発揮された。エロゲの絵が、動く。彼の作品は、一体どれほどの人に衝撃を与えただろう。彼のMADを見て、どれほどの人がエロゲに興味を持っただろう。

繰り返して言うが、MADは非公式の存在だ。一歩間違えれば、他人の作ったものを切り刻むだけの行為と見られてしまう。しかし、金銭が絡まないからこそ、MADは純粋な意味で“作品”たりえる存在でもある。

軍魔氏は、エロゲの制作者ではなかった。しかし、エロゲの発展に最も貢献した一人だったのではないかと、あえて僕は言いたい。

14年前は、エロゲを「エロいゲーム」としか見ていなかった者が大半だった時代だ。その頃から、エロゲに秘められた物語性をいち早く察知し、MADという形で表現し続けた。彼のMADは、ただ技術がすごいだけでなく、作品のメッセージを数分に凝縮した、その圧倒的な密度にこそ魅力がある。

現在、エロゲは「実はシナリオが良いのもある」という認識が広まりつつある。軍魔氏の作ったMADにそれを教えられた人も多いのではないだろうか。14年間お疲れ様でしたと、心から感謝の意を述べたい。

ここでは軍魔氏のMADの中で僕自身が最も気に入っているものを貼って、終わりにしたいと思う。



動画名は「約束の地に咲く花」。元作品は『車輪の国、悠久の少年少女』。かの名作『車輪の国、向日葵の少女』のファンディスクにあたるものだが、こちらも法月将臣の過去を巡る壮大なヒューマンドラマを描いた傑作だった。

キャラが当たり前のように動くのは軍魔MADではもはや日常茶飯事だが、それに加えて背景の演出やセリフの引用など、作品を深くまで理解した上で、驚くべきセンスで一つの動画にまとめあげていることが伝わってくる。

前作では主人公にとって冷徹な指導者であると同時に、厳格な法治社会の権化であり、人間を踏みつぶす重い車輪のような存在として立ちはだかっていた法月将臣。 かつて“阿久津将臣”という名だった心優しい青年が、いかにして“法月将臣”へと変わっていったのか。車輪の重さにつぶされ自らもまた車輪の一部となってしまった男が、次の世代に託した夢とはどのようなものだったのか。ともすれば前作以上の奥行きを持つこの物語を、見事にまとめあげたMAD作品である。

“The final test of a leader is that he leaves behind in other men the conviction and the will to carry on.”
(指導者に課せられる最後の試練は、自身が目指したものを追い続ける信念と意志とを、他の者に残すことができたかどうかである。)


これはアメリカのジャーナリスト、Walter Lippmannの言葉である。そしてこのエロゲ 『車輪の国、悠久の少年少女』 の、物語の最後を飾る一文でもある。なのでエロゲプレイヤーの中には、この言葉をエロゲの名言だと思ってる人も少なからずいるようであるが、『車輪』は外国の格言などから引用している箇所も結構多く、一概にオリジナリティがあるとは言えない。しかしWalter Lippmannのこの言葉が、ここまで印象的に映える作品を描きあげたことは、紛れもなく素晴らしい成果であろう。

そして軍魔氏も、この一文をやはり動画の最後に持ってくるばかりでなく、物語の内容に沿った名訳までも付してみせた。上に掲載したのは僕による拙訳であるが、軍魔氏は動画においてこう訳している。

「指導者が最後に試されることは、他の人たちに自分の志を実行する信念と意志を残して、死ねたかどうかということである。」

軍魔氏もまた、彼のMADを見た多くの人の心の中に何かしらの輝くものを残すことができたのではないかと、そう確信している。


<追記:2014.07.05>
軍魔氏が先日の引退宣言を撤回(!!)し、新作MADを挙げていた。どうやら気分が変わったようだ。世の中のMADファンの間には激震が走った1ヵ月間だったと思うが、とにもかくにも良かった良かった。


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