語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2018-10

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[2014-05-11]  フラグという日本語  

「日本語の豊かな語彙が失われつつある」という論調をしばしば目にする。

確かにそういった事実自体は存在するだろう。しかし、それは言語というものの特性なのであって、一概に批判するのはむしろ偏狭かつ不自然な思想である。言語は失われていくばかりではない。感覚として古く親しんだものの喪失のほうが際立つかもしれないが、それと同時に新しい言葉も着実に生まれているはずなのだ。

そういった新しい「現代語」候補の一つに、“フラグが立つ”という表現がある。これは既存の日本語では代替表現の難しい、面白い概念である。あえて訳すとするならば、「そういう未来が訪れる可能性が濃厚になった」とでも言おうか。

ただ、単純に未来の可能性を述べているだけかというと、少し違う。たとえば、家の花瓶を割ってしまったときに「怒られるフラグが立った……」というのは、やや誤用である気がする。(最近は意味が広がっているので、これでも通じるだろうけれども。)

もともとは、物語の展開において使われることが多かった。たとえばあるシーンで、「いいか、この花瓶は高価だから絶対割るなよ!絶対だぞ!」と言われるシーンがあったら、読者としては「ああ、こいつどうせ割るんだろうな…」というのが予想でき、「これは花瓶を割るフラグが立った」と言う。

銃弾飛び交う戦場シーンで、ある兵士が「俺、この戦争が終わったらあいつと結婚するんだ…」とつぶやけば、その数秒後に彼が撃たれて死んでしまうというのが一つのパターンである。その時、読者は「死亡フラグが立った」と言う。

現実世界でも、たとえば電車の中でかわいい女性と目があってほほえんでくれたとき、我々健全なる男子たちは内心「これは恋愛フラグが立ったか!?」と胸を躍らせる。しかし、現実はそんなに甘くない。

つまり、本当に未来の可能性が高まったかどうかはともかく、「こういうことがあったらああいうことが起きる気がする」という予想(良い意味でも、悪い意味でも)を表現する言葉なのだ。有り体に言えば“お約束展開”というやつある。

もともとはコンピュータ用語であり、「Aの条件を満たせばBが生じる」という際に、Aが成立すれば「Bのflag(旗)が立った」と表現していたことに由来する。なぜこのような表現になったのかは、完全に僕個人の予想であるが、おそらく旗が領土の象徴であり、侵攻時にはその土地の制圧が完了したときに旗を立てることに関係するのではないか。旗が立って初めて、その土地を支配する権利を得て、具体的な統治が始まる。「一定の条件を満たした証であると同時に、その後の変化を予感させる存在」として、上記の意味でもflag(旗)という言葉が使われるようになったのではないだろうか。

なお、“フラグを立てる” の対義語は “フラグを折る” である。たとえば夜遅くまで女の子と二人きりで飲んでいて、彼女が頬を染めながら「終電…なくなっちゃったね…」と小さく呟いてきたとしよう。これは言うまでもなく某フラグが立っている。しかし、そこで「大丈夫!○○線を乗り換えて××駅で降りて、バスに乗ればまだ帰れる!急ごう!」と言って走り出す。これが「フラグを折る」である。

さて、汎用性が狭いようで実は広いこの「フラグ」という概念を、物語のテーマにしてしまった作品が今期アニメに存在する。『彼女がフラグをおられたら』 である。

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主人公・旗立颯太は、他人の頭の上に立ったフラグが見える。死亡フラグが立った人を見つけたら、そのフラグを折ることでその人を救うことができるのだ。

それだけでなく、彼は教室のクラスメートから好意的なお誘いがあったときも、彼らの頭上に友人フラグや恋愛フラグが立つのを目視することができる。しかし、彼は自分に向けられた好意をことごとく素っ気ない言葉で断り、フラグを全て折っていく。

ところが、「何故かフラグがまったく立たない少女」や、「フラグを何度折っても次々に再生する少女」が現れ、なんだかんだで主人公と仲良くなっていく。

だが主人公には、一つの使命があった。彼は子供の頃、通りすがりの少女にチェスの勝負を挑まれ、敗北を喫した。その際に少女からこう言われたのだ。「君の実力が足りなかったのではない。君の頭上に“負けフラグ”が立っていたのだ」と。

そして、少女は続ける。「私にはフラグが見える。この能力を君に授けよう。君はこの力を使って、世界の真理に到達しなければならない。」

そうして、主人公は能力を手に入れた。世界の真理とは何か? 彼自身にもよくわからない。だが、主人公には実の姉がいた。なのに、その姉のことを周囲の誰も覚えていない。主人公本人でさえ、記憶があいまいになっている。だが、たしかに姉はいた。世界の真理とやらを目指せば、姉にもう一度会えるのではないか?……そう信じて、主人公は対象不明の探究の日々へと身を投じていくのであった。
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竹井10日氏の同タイトルのライトノベルが原作であるが、そちらではチェックしていなかったので、アニメを見て「おお、これはなかなか興味深い」と興味を持った次第である。正直、今期のアニメ全体の中でもかなり面白いと思ってる作品だ。(ネットではそれほど高評価されてないようだが……。)

まあ、話の9割くらいがただのハーレムものアニメで、しかもフラグをテーマにしているだけに月並のお約束展開が大変多いので、見ていて苦痛に感じるときもある。が、残り1割のスパイスが絶妙に効いているのがさすがは竹井10日作品というところだろうか。

彼が書いた別シリーズのラノベに『東京皇帝☆北条恋歌』があるが、これも7巻くらいまで本当に読んでいて暇で暇で仕方なかった。正直なんで僕はこんなもの読んでるんだろうと思いながら読んでいたが、8巻で化けたのには驚いた。物語全体が反転するかのごとく、今まで下らないと思っていた会話のことごとくが意味あるものに変わった瞬間を味わい、興奮したものだ。

『彼女がフラグをおられたら』ではそこまで激しいどんでん返しは無いかもしれないが、「フラグ」という物語のありがち展開から生まれた現代の言葉を、再び作品の中に逆輸入してアンチテーゼとして描く、その発想を僕は応援したい。

さらには日常ハーレムものでありながら、「フラグが見える」という一見すると卑近な能力の背後に見え隠れする「世界の真理」という言葉のダイナミズムには、個人的に村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』にも似た感覚を覚えた。

ともあれ、「フラグを立てる」という言葉自体は、興味深い現代日本語だと思う。

思いっきり外来語ではあるが……。だが、明治時代にわが国で作られた「自由」「権利」といった語も、概念は西洋のもの、文字は中国の借り物である。海外発祥のものでも柔軟に吸収して、そこから独自に発展させていく。日本語のアイデンティティとは、漢字でもなく、大和言葉でもなく、「なんでも取り入れてやるよ」というその寛容なスタイル自体にこそあるのではないだろうか。

とはいえ、やはり大和言葉が減っていくのは悲しいものがある。古い日本語が淘汰され消えていくフラグを折る手立てはないものだろうかと、ときどき思案する。


■ 参考作品
・『彼女がフラグをおられたら』 フッズエンタテインメント (2014)


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