語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2018-10

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[2014-08-09]  透明感のある文体  

ライトノベル、いわゆるラノベで好きな作品というのはたくさんあるが、その中の一つが、橋本紡の『半分の月がのぼる空』である。

そもそも僕がはじめて手にとって読んだラノベだった気がする。かなり昔のことであるが、いまだにこの作品は心の中に強く残っている。僕は本来は森鴎外の『雁』という作品をきっかけに小説にはまり、その後もいわゆる純文学を好んで読んでいた人間なのだが、ラノベにおいてその『雁』と同じ役割を果たしたのが『半分の月がのぼる空』だったと言えるかもしれない。

たしかにラノベには純文学作品のような濃密な日本語表現は見られないのだが、そのぶん一種の爽やかさのようなものがある。その爽やかな雰囲気が、作者の独特の文体との間に絶妙なバランスへと至ったとき、そこには純文学では表せないような情緒が生まれる。こういった情緒もまた僕は好きなのだ。そしてそれを僕に最初に教えてくれたのが、橋本紡の作品だったのである。

  *  *  *

橋本紡の文章には、2つの“透明感”がある。僕は彼の作品を読みかえす度にそう感じる。

一つ目は、まるで川を流れる澄んだ水のような、“きれいな透明感”である。だから読んでいてとても心地よいし、清々しい気持ちになれる。これは彼の文章に対する第一印象でもある。しかしながら、読んでいくうちにそれだけではないことに次第に気付かされる。

彼の作品には、「死」というテーマが常にそこにある。遠い未来の話としてではなく、隠したり避けたりするべき対象としてでもなく、厳然として、身近なところに「死」というどうしようもない現実が、「生」の紙一枚隔てた向こうに、隣り合って存在している。

『半分の月がのぼる空』は、まさしくそういう作品だった。裕一と里香の間に芽生える淡い恋心や、それを取り巻く人々のおもしろおかしいエピソードを描きながら、一方で里香の抱える不治の病という現実が、幾度となく裕一の心に襲いかかりそのたびに読者もまた不安にさらされる。

水のように透明な文体だから、その向こうにあるものを隠さない。透明だからこそ、はっきりと見えてしまうという残酷さがそこにはある。それは単にきれいなだけではなく、生きることへの本質的な問いかけ、真摯な眼差しとしての“透明感”であると言えるだろう。時に残酷ではあるけれども、それを踏まえてなお人の心の美しさや強さを感じさせる温かい作品へと昇華させるのが橋本紡の魅力であり、『半分の月がのぼる空』が世間において多くの人の心を掴んだのも、その魅力あってのことだろうと思う。

  *  *  *

さて、僕にラノベの良さを教えてくれた橋本紡作品だが、僕が『半分の月がのぼる空』を読んだ頃には、すでに彼は一般小説家としてもデビューを果たしていた。挿絵が比較的豊富なラノベと違って、一般小説はやはり視覚的情報がほとんど無いため、そのぶん文章による表現力が求められるわけだが、彼の文章はその状況にも適応して文体を洗練していったようにも感じられる。

彼が書いた一般小説の中で個人的に最も好きなのが、2006年の『ひかりをすくう』である。ラノベ畑で培った透明感という種を、一般小説という畑に蒔いて美しい花を咲かせたような、そういう作品ではないかと感じている。

仕事に一生懸命になって生きていた主人公の智子が、あるときパニック障害という一種の精神疾患を患ってしまったことをきっかけに仕事を辞める。そして同僚だった哲ちゃんという男性とともに都会から離れて新生活を送る、そんな日常を描いた物語である。

一見すると穏やかでありながらも疲弊した倦怠感のようなものが漂い、あるいはほほえましい光景のようでありながらも時折暗い影が見え隠れする、そういった微妙な空気感を、独特のタッチで描いている。

雨が降っている。静かに雨が降っている。わたしは窓際に腰かけ、十坪ほどの小さな庭を眺めていた。一度草取りをしたのに、もう雑草が野放図に茂り始めており、その勢い強さに感心しつつ、同時に呆れてもいた。かつてのわたしも、あんな雑草だったのだろうか。しぶとく土に根を張り、葉を広げようとしていたのかもしれない。強さを失ってしまった今となっては、茂る雑草が疎ましかった。庭に出て行って、すべてを引き抜いてしまいたい。


パニック障害とは、日常生活でどこかを歩いているときなどに突然、強烈な不安感がわきおこってきてどうしようもなくなり、動悸や発汗、めまい、ひどいときには呼吸困難などの症状を引き起こす病態だ。ストレスの多い状況で過ごしている人に発症しやすいが、発作そのものは特に誘因なくいきなり起こるため、一度発作を起こした人は、「次もいつ発作が起こるかわからない」という発作自体への恐怖に苦しむことになる。

作中の智子についてもまさしくそういう心境が描かれており、それが仕事を辞めた原因でもあるが、仕事を辞めてもなお日常におけるどの場面で発作が起きるかが予測できないため、どうしても不安がつきまとい、日々の生活には消極的にならざるを得なくなってしまうのである。

しかしそんな状況でも、いやそういう状況だからこそ見えてくるものを、しっかりと描いたのがこの作品の素晴らしさだろう。不安と隣合わせの生の中だからこそ、なにげないものが切実な温かさを持つのである。

この小説におけるクライマックス、智子が都会の川を歩いて渡るシーンは、屈指の名場面だった。

こんなふうに生きているのだ。
下らないものを手に持ち、つまらない理由で死にそうになりながら、薄汚れた川を、今も、そしてこの先も、ひたすら渡っていくのだ。
これが、わたしだ。わたしなんだ。こうして生きている。


この部分だけ抜粋しても意味がないのだが、あの物語の、あのシーンの中でこの一節を読んだときは、実に感極まるものがあった。ただ単に生への執着というだけではなく、上で引用した前半の智子の心情描写と比べてみると、ちょうど対照的になっているのが読み取れるのである。

強さを失っても前に進もうとするという智子の心の変化を、ここまで印象的に描ききったのは見事だと思った。絵もなければ映像もないが、智子が渡ろうとしている川底の泥、水しぶき、川面を吹く風、そして夕焼けの空の色までもが、文章だけでありありと目の前に再現されたのだ。「これぞ小説だ」と思った。こういう瞬間のために僕は小説を読んでいるのだと、改めて確認させてくれたような作品だった。

  *  *  *

ちなみに『半分の月がのぼる空』については個人的な余談が一つ。あの作品の舞台は伊勢なのだが、僕はもともと神社仏閣巡りも好きなところがあるので、伊勢神宮への参拝も兼ねて行ってみたことがある。(二重の意味で聖地巡礼である。)

伊勢市市街の東の地区に、虎尾山と呼ばれる小高い丘があり、そこを訪れた。作中では「砲台山」と呼ばれている場所であるが、その頂上に建っていた記念碑のもとに、作品のファンたちが書き込むためのノートが備えられてあり、感動した。

そもそもこの虎尾山の登山道は、以前は荒れ果ていて頂上に行けない状態だったところを、全国から集まった『半分の月がのぼる空』のファンと地元の方々が協力して定期的に清掃活動を行い、綺麗に整備されたといういきさつがあるらしい。橋本紡本人もその活動に参加したようである。彼らのおかげで聖地巡礼を快く達成することができたことに感謝しつつ、虚構である物語作品が、現実のそういった活動や交流を生み出すこともあるという素晴らしいエピソードだと思っている。

  *  *  *

最後に橋本紡本人についてだが、彼は昨年のTwitterで引退を仄めかすような発言をしており、実際にその後は新作が出てる様子もなく、HPやブログも閉鎖されてしまい、誠に残念に感じている。

数年前からラノベ作家の杉井光との間で、ネット上でゴタゴタしているのが話題にもなっていたが、両名とも僕がかなり好きな作家なので、よりによってこの二人が仲違いしてるとは……と悲しい気持ちになったものだ。あの件に関しては、もろに誹謗中傷を書き込んでいた杉井光の行為はさすがにひどすぎると言わざるを得ないが、橋本紡も橋本紡で、Twitter等での応酬を見るにつけても、良くも悪くも繊細すぎるところがあるのかなという風には感じた。

ただ、そもそも作者の性格がどうのこうのという話は、作品を鑑賞する上ではまったくもってどうでもいいことである。橋本紡も杉井光もそれぞれ才能ある小説家だと僕は思っているので、こういう騒動のために執筆活動にも負の影響が出てしまうことのほうがむしろ惜しまれる。橋本紡は事実上引退してしまったようだが、杉井光にはこれからも面白い作品を描き続けてほしいし、橋本紡もいつかまた小説界に復帰して、是非あの透明感のある物語を再び上梓してくれないものかとひそかに願っている次第である。


■ 参考作品
・橋本紡『半分の月がのぼる空』 電撃文庫 (2003)
・橋本紡『ひかりをすくう』 光文社 (2006)


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