語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2018-08

« 12345678910111213141516171819202122232425262728293031»

[2011-10-01]  水という名のエロゲ  

2006年に枕ソフトから発売されたエロゲ『H2O -FOOTPRINTS IN THE SAND-』は、文字通り水のような透明感あるいは清涼感をまとった作品だった。(タイトルの由来は主人公とヒロイン二人の名前の頭文字を並べたものということだが、きっかけはともかくとしてもこの作品は水のイメージに仮託するところが多い。OP映像においてもそういった演出が前面に押し出されている。)だが、人間模様を描く物語の中で水のごとき透明感を真に描き出すためには、人間の醜い部分や汚い部分をも目を背けずに描かなくてはならない。その意味でこの作品は、普通のエロゲ以上にいわゆるショッキングな描写も多いと言える。

僻村で生じる激しいいじめ。子どもたちは、ただ仲良くしたいと思っていたのに。「大人の規律」は容赦なく友情の芽をつぶし、少年少女の心に癒えることのない傷と後悔を残していく。だが社会の不条理に翻弄されながらも、傷をかかえながらも彼らはそれぞれの場所で成長していく。村の体制は簡単に変わらない。しかし彼らが再開を果たし、お互いの過去と傷に向かい合ったとき、本当に大切なものを見つける手がかりがそこにはあった……。

差別の不条理さと悲しさを克明に描いた話でありながら、しかしこの作品からは、驚くほどに全く暗い印象を受けない。柔らかい会話、そして軽快かつシュールなギャグとともに綴られた文章は、明るく楽しい物語以外の何ものでもない。読みながら各所で笑ってしまうし、しばらくすると暇に感じてくるほど。ところがそんな明るい日常の中に、ふと登場人物たちの「傷」が垣間見えるシーンが出てくる。

これが小説であれば、変化が唐突すぎて読者はついて行けなくなるであろう。それほどの唐突さである。この作品ではBGMの曲調を変えることで、それを驚くほど自然に描いている。そして何気ない日常を過ごす中でも、彼らが依然として辛い過去をかかえたままであることを教えてくれる。

そしてその度に、傷と向き合い、時には互いに支え合おうとする彼らの姿があるのだが、その一つ一つが本当に心温まるシーンで、BGMも実に心を打つものだから、ついつい目が潤んでしまう。ほわほわとした日常のところどころに感動シーンがあって、主人公たちが一歩一歩成長していく様がリズミカルに表現されている。このリズムが、何とも言い表せない絶妙なものであって、作品全体に不思議な魅力を持たせている。

実に、笑えばいいのか、泣けばいいのかわからなくなる、ちょっと不思議な作品だ。いずれにせよ心に残るのだから紛れもない傑作であろう。


 ある男の人がね。夢を見たのよ。

 夢の中で彼は砂浜にいて、神様と一緒に歩いていたんですって。
 砂浜には、彼と、神様の足跡が残っていた。
 空のスクリーンにね、彼の人生が映し出されたの。
 彼の赤ん坊の頃から、今までのことが。

 彼の楽しかったこと。うれしかったこと。おもしろかったことが映し出されて
 その全ての時に、砂浜には、二つの足跡が残っていた。
 ひとつは彼の。そしてもうひとつは神様の。

 続いて、彼の悲しかったこと。苦しかったこと。辛かったことが映し出されて
 その時にも、やっぱり砂浜には足跡が二つあったの。彼と神様の足跡が。

 そして、最後にね。
 彼がどうしようもなく辛かったこと。悲しすぎて泣き出してしまったこと。
 苦しすぎて耐えられなかったことが映し出されたの。
 その時、砂浜には足跡が、ひとつしかなかったんですって。

 男の人はね、横を歩く神様に聞いたの。

 「神様。あなたはいつも私の側にいると言って下さいました。
  そして、私の側にいてくれました。
  私のうれしかった時、楽しかった時、辛かった時、悲しかった時、
  全ての時あなたは私と一緒にいてくれました。
  それなのに、どうして?
  どうして私がどうしようもなく辛くて悲しくて泣き出してしまった時には、
  一番側にいてほしい時には・・・
  あなたは私の側にいてくれなかったのですか?
  私を見捨てたのですか?」と。

 そうしたらね、神様はこう言ったんですって。
 
 「私の大事な大事な子供よ。私はお前のことをとても大切に思っている。
  私はいつもお前の側にいる。
  お前がどうしようもなく辛くて悲しくて泣き出してしまった時、
  私はお前を背負って歩いていたんだ」と。



小日向はやみが語るこの話には元ネタが存在し、「FOOTPRINTS IN THE SAND」という作者不明の英語の詩である。ネットで調べればすぐ出てくるが、作中では小日向はやみの台詞として、よりわかりやすく、より情感のこもった一節一節となって再現されている。作品の副題にもなっているほどだから、シナリオライターとしても思い入れがある詩なのかもしれない。

僕自身はべつにキリスト教徒でもないし、その他の一神教を特に信奉しているわけでもない。しかしこの詩を読んだとき、不思議とどこか温かい気持ちになる。この詩における「神様」はキリスト教的ないわゆる造物主に限らず、もっと普遍的な何かと捉えることができるのかもしれない。たとえば時間である。辛いことがあっても、時間はその悲しみを癒し、やがて人間は再び立ち上がることができる。人が持つそんな力強さを教えてくれる詩であるとみることもできるだろう。(やや風情には欠けるけれども。)

楽しみと悲しみ、幸と不幸、それら両極が打ち寄せる波のようにやってくるのが人生である。そのリズムを一作品の中に凝縮し、登場人物たちのみずみずしい心情の移り変わりを描いてみせた物語だと言えるだろう。

  
■ 参考作品
・『H2O -FOOTPRINTS IN THE SAND-』 枕 (2006)


前の記事≪   | ホーム |   ≫次の記事

[ コメント ]

[ コメントの投稿 ]


 

 プロフィール

柾葉 進  (まさば すすむ)

 ブログ内容

哲学、歴史、文学、評論等。アニメやエロゲ(美少女ゲーム)を切り口にして論じたものが多数あります。

 ブログ案内

 全記事リスト

全ての記事の一覧

 ブログ内検索

 連絡先

pantheratora2369
☆zoho.com
(☆を@に変えて下さい)

 カテゴリ

 年別アーカイブ

 新刊情報

 
● 「東大医学部卒が語る 医師国家試験多浪体験記」

 準新刊情報

 
● 「私たちが選挙に行く意味は本当にあるのだろうか?」
 
● 「Boys,be unprecious!」

 刊行書籍

 
● 「『永遠の0』と『魔法少女まどか☆マギカ』の類似点に関する考察」(2015年)
 
● 「美少女ゲーム作品にみるニーチェの思想」(2015年)

 RSSリンク

 

FC2Ad