語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2018-08

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[2015-03-18]  理性の化け物  

宝島社発行の「このライトノベルがすごい! 2014」で作品部門1位に輝き、今もっとも若者の間で人気があるといえるラノベの一つが、渡航氏の『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』という作品だと思います。通称は『俺ガイル』。

アニメも2013年に一期が放映されて人気を高め、そして二期が今年の4月から放映予定であり、ますます期待の高まる一作だと言えるでしょう。

ストーリーとしては、他者と接することを苦手とし、友人と呼べるものを一切持てなかった主人公(比企谷八幡)が、同じくコミュニケーションに難のある少女(雪ノ下雪乃)や、他者の顔色を過剰に気にしてしまう少女(由比ヶ浜結衣)とともに「奉仕部」という部活を結成することになり、学内のさまざまな人間の悩みを解決していくという物語です。しかし後半では、その活動によって他者とのつながりができてしまった主人公が、一筋縄ではいかない人間関係の当事者となり、その中での葛藤を通して自己の在り方の難しさを再認識していく過程が描かれます。

普通のライトノベルでは主人公はコミュニケーションも比較的そつなくこなし、それなりに友人もいる中で日常が描かれるというのがパターンですが、本作では上手に友人をつくることができない、いわゆる「ぼっち」というスタイルを余儀なくされた主人公を設定することで、独特の自虐風ギャグによって新鮮な面白さを引き出す一方、彼の視点を通して見るからこそ際立つ人間関係の難しさ、人と人との距離感の微妙さが、我々が胸の内に持つ複雑な心理、普段見て見ぬ振りをしている“心のわからなさ”を鋭く突いてみせる物語でもあり、画期的なライトノベル作品だと言えるでしょう。

「わからないか。ならもっと考えろ。計算しかできないなら計算しつくせ。全部の答えを出して消去法で一つずつ潰せ。残ったものが君の答えだ。」


「バカ者。感情が計算できるならとっくに電脳化されている。……計算できずに残った答え、それが人の気持ちというものだよ。」


これらは奉仕部顧問かつ生活指導担当の平塚先生のセリフですが、どことなくウィトゲンシュタイン思想を感じさせる言葉です。人間の感情や気持ちといったものこそ、ウィトゲンシュタインが「語りえぬもの」と呼んだ特異点だと僕は考えています。

ウィトゲンシュタインが哲学の言葉しか持たず、しかしそれでも語りえぬものを証明するために彼が見出した方法は、語りうるものを全て語るということでした。同様にこの作品の比企谷八幡も、人の心を計算することしかできないならば、計算できるものを全て計算することで感情の輪郭を捉えようとするわけです。

普通の人間ならばこんな苦労はしません。なぜならわかった気になっているからです。それで日常生活は問題なく送れるのです。しかし「わかった気」だけではどうしようも無い状況にぶつかって、何かを深く考えなくてはならなくなったとき、我々に唯一残された方法を、比企谷八幡は教えてくれるのです。


  *  *  *


この作品の中で一つ面白いのが、「理性の化け物」という表現が出てくることです。

化け物というのは本来どちらかというと理性を失った異形のものというイメージがありますが、その対極にある言葉をあえて結びつけることによって、他者の心理を計算することができるのに感情を理解することができない主人公の歪みを、印象的に表現しています。

しかし「理性の化け物」という言葉をググるとこの作品ばかりが出てきますが、実は元ネタがあります。田中ロミオ氏の代表作とも言えるエロゲ『CROSS†CHANNEL』に、次のようなセリフがあるのです。

「人でなくてもいいなら、孤独という生き方もある。
 でも、俺は人が良かった。
 本能じゃなくて、理性の怪物になりたかった。
 そうすれば、もっと完璧に無害なものになれたはずなのに。」


調べてみると、『俺ガイル』の作者の渡航氏がデビューした新人賞の審査員が田中ロミオ氏であり、いわばロミオ氏がこの作者の才能を発掘したとも言えるわけなんですね。それが直接関係しているのかは不明ですが、渡航氏はこの“俺ガイル”について田中ロミオ作品の影響を受けていると語ったことがあるそうです。

とすると、この「理性の化け物」という言葉もその一つの表れだと解釈することができます。考えてみれば田中ロミオこそ、エロゲというマイナージャンルでこそあれ「自己vs他者」という命題を描き続けてきた第一人者です。その視点は究極的であるがゆえに難解でもあり、万人に受け入れられる性質のものではないでしょう。しかしその流れを汲んだ渡航という一人の作家が、それを彼なりの思想へと咀嚼することで、新たな“自己と他者の距離をはかる物語”の道を切り拓いた。そしてそれが、若い層を中心とする多くの読者からの共感を得ることに成功した。この展開は非常に面白いものであると感じます。

もちろん『俺ガイル』の魅力がすべて田中ロミオに帰属しているとか、そういう主張をしているわけではありません。むしろ田中ロミオには絶対書けないタイプの物語です。だからこそ意義深い。

ただ、ロミオ氏が書いた『俺ガイル』というのも読んでみたい気がします。まあでもその場合、「300日。それが人類に残された時間だった。」とかから始まるんだろうなぁ、とは思いますが。


■ 参考作品
・渡航 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』 ガガガ文庫 (2011-)


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