語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2018-10

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[2013-11-06]  喝采すべきスチームパンク  

SF作品の一ジャンルとして“スチームパンク”というものがあります。最初にスチームパンクと呼ばれた作品は比較的はっきりしていて、1980年前後の以下の作品です。

・ティム・パワーズ 『アヌビスの門』、
・ジェイムズ・P・ブレイロック 『ホムンクルス』、
・K・W・ジーター 『Morlock Night』『悪魔の機械』

命名は3人目のK・W・ジーター自らによるもので、これらの作品に共通する世界観に名称を付けようということで、“スチームパンク”という言葉が提案され、やがて一般に普及したのです。(既にSF作品の一ジャンルとして認知されていた“サイバーパンク”をもじったものと言われています。)

またこれらの作品は、有名なH・G・ウェルズの『タイム・マシン』や、ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』といった名作文学から大いに影響を受けているという点で、それらの作品もスチームパンクと称されるようになりました。 以来その世界観に沿った作品が次々に生まれ、(あるいは過去の作品が再定義され、)SF文学の中において一つの巨大な潮流を形成したのです。


では、具体的にその“スチームパンク”とはどういうものか?……というのは作品群の広がりが多様であるため一概に言い表しにくいのですが、あえて表現するなら「蒸気機関」「レトロ」「幻想的」、この3語により特徴付けられるのではないかと思います。舞台としてはヴィクトリア朝のイギリスや西部開拓時代のアメリカの雰囲気をモチーフにする事が多く、そこにSFやファンタジーの要素を盛り込むので、“レトロだが近未来的”あるいは“機械文明なのに幻想的”という、ある種のギャップのようなものが不思議な魅力を醸し出す作品群だと言えます。

おそらく日本人の誰もが知っていて、かつわかりやすい例は、『天空の城ラピュタ』です。最初パズーが働いていた「あちこちで蒸気がぷすぷす吹き出している工場」、あのイメージです。しかも時代が古いだけと言うだけでなく、シータが持っていた飛行石やラピュタの内部など、超高度文明的なファンタジーも描かれています。(まあ後半は蒸気とか工場とかがほとんど出てこないのでスチームパンクの典型からは若干外れる気もしますが。)

さて、そういったスチームパンク作品がアニメにあるなら、エロゲにも無いものかと期待してしまいます。そして果たして、それがあるのです。しかも一つではなく、スチームパンクの概念を導入した作品を次々と描き上げたシナリオライターがおり、ずばりライアーソフトの桜井光氏その人です。今はもう退社なさったようですが、彼女の書いた数々のスチームパンクはエロゲの作品群の中でも独特の魅力を放っています。

中でも僕が特に気に入っているのが2007年の『赫炎のインガノック -what a beautiful people-』です。産業革命期の英国らしき雰囲気を漂わせながらも、異形の街と化した大型機関都市インガノックを舞台とし、特殊な力を持った青年医師ギーが様々な人々との出会い、そして敵との戦いを通して異形都市の本質へと迫っていく物語です。他のエロゲ作品とは一線を画す大石竜子氏の“切り絵”調のグラフィック、またその背景に流れるBlueberry&Yogurtの音楽も作品世界にこの上なく溶け込んでおり、制作陣のこだわりを随所に感じさせます。

そしてこの作品の何よりの魅力は、読み進めるにつれて知らず知らずのうちに魅了され、気を許すとついつい自らの口を衝いて出てしまうかのような、韻文調の文体にあります。

――分厚く鋭い黒爪が幾本も空を裂く。
――速い。目では追えない。
生身の体では避けきれまい。
鋭い反射神経を備えた《猫虎》の兵や、
神経改造を行った重機関人間以外には。
もしも爪を避けられたとしても、
まとわりついた死塊の粘液に殺される。
しかし、生きている。
ギーはまだ。
傷ひとつなく、立っている。
ウェンディゴの黒爪が裂いたのは虚空のみ。
「GRRRR…!?」
「……遅い。」
「なんで……!
 ギーが、死んでいない……!?
 なんで、避けられる!
 人間がクリッターに殺されないわけない、
 おかしい、そんなの、おかしいぞ、ギー!
 死んでくれよ!
 クリッターがその気になれば人間は死ぬ!
 俺の、俺の、ウェンディゴを困らせるな!
 そもそも、お前、なんかに!
 人間なんかに何ができる、クリッターに!
 クリッターは死なない、壊れ、滅びない!」
 GRRRRRRRR…!!」
「喚くな。」
唸り声をあげた緑色を“右目”で睨む。
恐らく今のが恐慌の声か。
人の脳細胞を破壊し、死か狂気を植える。
しかし生きている。
ギーはまだ死んでいない。


「……なるほど、確かに。人は君に何もできないだろう。
 けれど、どうやら。鋼の“彼”は人ではない。
 鋼のきみ。我が《奇械》ポルシオン。僕は、きみにこう言おう。
 “太陽の如く、融かせ” 」


喝采せよ!喝采せよ!
おお、おお、素晴らしきかな。
第1の階段を盲目の生け贄が昇るのだ。
現在時刻を記録せよ!
クロック・クラック・クローム!
貴様が望んだ“その時”だ!
レムル・レムルよ、震えるがよい!
第1の階段を盲目の生け贄が昇るのだ。
遍く者は見るがよい、
これこそ、我が愛の終焉である。
黄金螺旋階段の果てに!
我が夢、我が愛のかたちあり!


特に最後の「喝采せよ!喝采せよ!」は、ファンの間でも特に愛されている一節ではないかと思います。

ちなみにシナリオライターの桜井光氏は、数少ない女性エロゲ作家の一人です。(そして女性ファンの支持が強いようです。)今僕が用いたエロゲ作家という日本語は一般的ではないと思いますが、そう呼びたくなるほど彼女の書くテキストは文学的なレトリックに満ちているのです。

彼女の作品にはイギリス文学(特に児童文学)の影響を強く感じますが、それのみならず“スチームパンク”というジャンルをもエロゲの世界において見事に昇華してみせたことは、まさしく驚嘆に値します。アニメでは先に述べたように『ラピュタ』のような作品がヒットしましたが、小説や漫画といった分野については、日本ではどうもスチームパンクが十分に普及しなかった節があります。それをあろうことかエロゲで展開してみせた桜井光氏、およびライアーソフト制作陣の功績は大きいと言わざるを得ません。

そしてまた、それは文章に加えて絵と音楽を要素として持つエロゲだからこそ実現できたことかもしれません。人類が過去生み出してきた様々な思想や概念を取り入れ、結果的に新たな世界を開拓する。これは小説、映画、アニメなど、おそらくあらゆる物語表現文化がたどってきた道ですが、エロゲもまたそういった進化を繰り広げているという、その一つの証左となるのが桜井光作品かもしれません。


■ 参考作品
・『赫炎のインガノック -what a beautiful people-』 ライアーソフト (2007)


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