語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2018-08

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[2011-09-18]  複素平面モデルから考察する2次元趣味  

僕のようにアニメやエロゲを趣味とする人間は、えてして世間から奇異の眼差しを向けられることがある。もちろんアニメに関しては昨今、かなりイメージが向上しているように思う。それに伴ってエロゲもまた認知度が高まり、昔ほどの偏見はなくなってきているようだ。だが、依然として胸を張って公言しにくい趣味ではあるだろう。

僕自身こういったいわゆる2次元趣味が高尚とまでは思っていないが、もう少しまともなもの、それなりに価値のあるものとして世間に認識されてもいいではないかと思っている。そしてそのためには、2次元趣味が我々人間の現実生活に対してどのようなメリットをもちうるかを端的に説明できるモデルが必要ではないかと考える。以下はその一案である。(まあどう見ても屁理屈ではあるが。)

現代日本において隆盛を誇っているアニメ、マンガ、ラノベ、そしてエロゲ。こういったものは上でも書いたようにしばしば一般に「2次元」と称され、たとえばそこに登場する可愛い女性キャラクターは「2次元美少女」ということになるし、そういう作品が好きである人間は「2次元ヲタク」と呼ばれるのは周知の事実であろう。

これは、我々の生きている現実が 「たて・よこ・高さ」の座標を持つ3次元世界であると(日常のレベルでは)認識されるのに対し、紙媒体やPC画面上という平面に表現されたもの、という意味での2次元であるというのは、容易に想像のつくところである。

しかし、この捉え方はあくまでアバウトなものである。一般に2次元と呼ばれるものが、文字通りの平面のみに表される世界であるという認識は、少し考えてみれば、様々な点で厳密性を欠いていることは明らかである。

たとえば2次元ヲタクの人の中には、フィギュア鑑賞やコスプレを趣味とする人もいるわけである。それらは物理的に考えれば3次元上にある存在だが、やはり趣味の分類としては2次元とするのが一般的だろう。逆に、カメラで撮った一枚の風景写真を考えてみよう。これは間違いなく3次元の現実世界の風景であるが、一方で、高さという次元のない平面上に映されたものでもある。しかしだからと言って、「この絵はがきの写真がとてもきれいだと思う」と言った人に向かって「あなたは2次元趣味なのね」と答える人はどこにもいないだろう。

以上のことからもわかるように、立体とか平面とか、単純に次元の数の問題に還元してしまうような空間モデルではアニメやゲームの世界を本質的に記述することは難しいのである。

それどころか、場合によっては弊害すら予想される。2次元、3次元という単純な空間モデルは「現実世界には座標が3つあるが、2次元には2つしかない」という捉え方に結びつき、「2次元は現実世界と比べて何かを欠いている、あるいは劣っている」という 【現実世界>2次元 】の不等式がイメージされてしまう原因となりうるのである。

もちろん我々が生きているのは現実であるから現実世界に優位性があるのはたしかなのだが、たとえば美少女ゲームをしていると「現実で恋愛がうまくいかないから2次元に逃避してるんだろう」などと言われてしまうわけで、そういう安易な位置づけは、僕としては極力払拭したいと考えている。そもそも僕はべつに恋愛目的で美少女ゲームをやっているわけではないが、仮に恋愛に焦点を当てたとしても、やはり2次元と3次元は別物だろうと考える。つまり仮に3次元でモテモテだったとして、2次元世界のような体験が得られるかどうかということであり、結論は当然ながら否である。

現実は小説よりも奇なりという言葉はあるし、一面では真実をついているが、逆に小説は現実よりも多様性に満ちている。 現実では魔法一つ使うことができないが、虚構の世界では難なくそういう設定を作りあげることができる。そしてそういう世界でしか描けない恋愛物語だってあるだろう。恋愛以外にももちろん色々なシナリオが生まれうるだろう。こういった例からもわかるように、「しょせん2次元は3次元の代用品である」だとか「2次元は文字通り低次元な存在でしかない」などといった考え方は、大きな損失の可能性を孕んでいる。

そういった損失を避けるためにも、2次元と3次元には別々の価値を見出すべきであろうと思うのだ。つまり同じ軸の上で比べてどちらかが他方の上に立つといったものではなく、互いに独立した方向性を持ったものとして捉えればいいのではないか。

この考えをもとに、ここでは2次元に対する新たな捉え方のモデルを提案してみよう。それは3次元(現実)と2次元(虚構)それぞれを直交軸とする座標平面を想定するというものである。

複素平面モデルから考察する2次元趣味


数学の重要事項に複素平面というものがあるが、それを利用したモデルだ。

数学でいう「数」は大きく2種類に分けることができて、それは「5」など数直線上に表せる実数と、数直線上に表せない「5+6i」などの虚数である。そして、そんな虚数を含めた全ての数を可視的に表現できるのが「複素平面」だ。 横軸に実数をとり(実軸)、縦軸にiの係数をとる(虚軸)。すなわちこの座標系においてたとえば(5,6)の点は「5+6i」という虚数を表すことになり、同様にして全ての実数と虚数がこの平面上にとれるというものである。

すなわち僕がここで提唱するモデルとは、横軸を3次元、現実的要素の指標(実軸)、縦軸を2次元、虚構的要素の指標(虚軸)とし、これら独立した二つの軸をもとに、世の中の様々な事象を考察するというものである。

さて、このモデルを仮定することでどんな結論が導けるか検討してみよう。たとえば、現実生活の事柄にしか興味がなくて、「美少女ゲーム?馬鹿じゃないの?」などと2次元を全否定する人がいたとしよう。そんな彼の生活は、複素数平面モデルではどのように表現されるだろうか。彼は2次元を全否定するので縦軸(虚軸)の値は常にゼロである。すなわち、彼は二次元を否定する限り、どんなに努力しても横軸(実軸)上にしか存在できないのである。

世界全体は二本の軸の広がりを持っているのに、彼は実軸上にしか生きられない。これがどういうことか、おわかりいただけるだろうか。そう、彼の生き方は「視野が狭い」という結論に至るのである。

しかしこれに対して、「虚軸なんてただの妄想に過ぎない」と彼は反論するかもしれない。この世は現実が全てだ、ありもしない2次元を想定して、それに憧れて何になるんだ、と。そんな彼の主張は、まるで数学で虚数というものを初めて知った中学生の感想に似ている。2乗して-1になる数なんて、ありもしないものを「i」なんて勝手に想定して、いったい何の意味があるんだろう? 誰もが一度は疑問に思うのではないだろうか。

しかし、虚数を想定することは実際には計り知れないほどの意味がある。数学だけではない、現代社会の生活を支える科学のいたるところで、ありもしない虚数が、現実の理論の発展に大きく寄与していたりするのだ。

現実にはない虚構の存在が、現実を考える助けになることがある。だから2次元も、実軸の上で生きているだけでは決して得られない視点を与えてくれる可能性を十分に持っている。……そんなふうに考えるのは決して不自然ではないと、複素数平面モデルそれ自体が証明してくれるのである。

このモデルによって、2次元を否定する人間の視野の狭さが可視的に表現できるようになったことは大きい。しかし、ここで注意すべきことは逆の例もまた然りということである。

たとえば現実をまったく省みず、ただひたすら2次元に没頭するようなオタクがいたとしよう。このモデルによれば、彼もまた視野が狭い生き方をしているということになる。彼の場合は実軸の値がゼロであり、虚軸上だけに生きているのである。

つまりこのモデルから言えることは、「極端なリア充も極端なオタクも視野が狭い」という、ある意味あたりまえのことである。

無論、要領良く生きることだけが正しい道ではないので、現実街道を突き進む人も、また2次元の世界を極める人もそれぞれ浪漫があって素晴らしい。しかし多くの一般人にとっては現実と虚構のバランスを取りながら、両方ともに楽しめる方が豊かな人生になるには違いないのである。その意味で、アニメやエロゲをはじめ我が国で発展しつつある2次元文化もまた、我々の価値観を深め、視野を広げてくれる意味を、多かれ少なかれ持ち合わせているのであり、したがってそれらの趣味をいたずらに否定したり軽視したりするのは自分の生き方の可能性を狭める行為であるということが、このモデルによってある程度説得力を持ちうるのではないかと考えた次第である。



■ 以下、余談。

最近は複素平面は高校数学で教えず、代わりに行列の一次変換を用いるらしいが、複素平面の概念は各所で役立つもの(この記事のような例はともかく、多くの理系学問では前提としておさええておくべき知識だろう)なので、高校でちゃんと教えるべきではないかと個人的には思っている。とはいえカリキュラム的に一次変換と両方やる余裕がないのだろうか。一次変換も一次変換で大切なので、判断が難しいところではあるのかもしれない。が、自分はどちらかと言われれば複素平面を推したい。どのみち必要な人は大学で自主的に両方とも学ぶだろうから、どうせだったら高校では面白いほう、数学的興味を刺激しやすいほうを教えるべきだと思うのである。


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