語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2018-08

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[2012-01-16]  アブダクションの超簡易モデル  

「a+b=x+y だからといって、a=x, b=y とは限らない。」

これは数学的には当たり前のことだ。1+6=7だが、3+4=7でもあるし、2.3+4.7やπ+(7-π)だって合計は7だ。つまり「答えは7ですよ」と言われても、そうなる過程の式を一つに特定することはできない。

しかし実生活においては、我々はしばしば「a+b=x+y なら、a=x, b=y でしょ、どうせ。」という思考をしてしまう。

たとえば二人暮らしの夫と妻がいたとする。夫は冷蔵庫にお気に入りのプリンを入れていた。夜仕事から帰ってくると、朝はあったはずのプリンが冷蔵庫から無くなっていた。夫はこう考えるだろう。「妻め、食べやがったな」と。つまりは以下の等式を、瞬時に構築したわけである。

【妻が家にいる】+【妻がプリンを食べた】=【プリンが消えた】

しかし、冷静に考えると

【妻の不在時に泥棒が入った】+【泥棒がプリンを食べた】=【プリンが消えた】

という可能性だってあるわけである。もちろん実際問題としてプリンだけ食べて帰る泥棒など考えにくい。だから仮説としては排除していいレベルだし、多くの人間はその可能性すら思い浮かべず(あるいは無意識下で処理して)経験的に「どうせ妻が食べたんだろう」と判断する。全ての可能性を吟味していたら時間がいくらあっても足りないわけで、人間のもつこうした「勘」は、日常生活を効率化していると言える。

だが、プリンについて妻が「食べていない」と主張してきたとき、私たちは仮説の洗い直しをする必要に迫られる。

・妻は本当に食べていない様子だ。
・かといって家に何者かが侵入した形跡はない。

そういった状況要素を加味していくと、今までとは別の等式を考慮せねばならない。たとえば次のような等式だ。

【夫自身が朝に食べた】+【夫がそのことを忘れている】=【プリンが消えた】

こういったタイプの思考は推理あるいは推論と呼ばれているものであり、同時にアメリカの哲学者C.S.パースが提唱した「アブダクション」に他ならない。

人間の思考には「演繹(deduction)」と「帰納(induction)」がある、と言われているが、「プリンを食べたのは誰か」というこの推論は、どちらにも当てはまらない面がある。パースはこれを人間の第三の思考「abduction」と呼び、科学の発展はこのアブダクションによるものが大きいとした。

推理は、「論理的」なものだと思われがちだが、厳密には論理的思考(=演繹)とは逆のベクトルを帯びている。「1+6は?」と聞かれて7と答えるのが演繹だとすれば、「何と何を足せば7になったでしょう?」と聞かれてあらゆる可能性の中から、状況に最も合う等式を選び取るのがアブダクションである。

もちろん最終的には論理的思考力がなければ何も判断できないが、推理にとって最も大事なのは最初の発想である。a+b=7と提示されたとき、いかに多くの(a,b)の組を想像できるか。

数学では簡単に、そしていくらでも列挙できるが、現実の生活ではそうはいかない。「a+b=x+y なら、a=x, b=y でしょ、どうせ。」という常識的な思考が、足枷となる。推論能力のある人とは、この枷から必要に応じて自由になれる人だろう。

逆に言うと、小説や物語では、人間のこの性質を利用することによって意外性のあるシナリオを書くことができる。「cときたら普通はa+b=cだよな」と思ってるところを、「実はa'+b'でした」とすると、読者をうならせることができる。さらにa+bでは説明できない事象をさりげなく伏線として散りばめておけば、「そういうことだったのか」と、目から鱗となるだろう。

小説は多少楽しめなくなるかもしれないが、『a+b=x+y だからといって、a=x, b=y とは限らない。』というのは現実世界で意識しておいてもいいかもしれない。要はなんでも疑ってかかれということなのだが、推論能力を鍛えたいと思ってる人にはちょうど良いイメージになるのではないだろうか。

たとえば、男女二人が歩いているのを見たとき、「男が女装をしていて、女が男装をしている可能性もあるな」と考えられるかどうか。あまりやりすぎると生活に支障が出る恐れがあるが……。


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