語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2018-12

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[2018-07-27]  地球の測り方  

人類が「もしかして地球って丸いのでは?」と気づいたのはいつでしょうか。それは古代ギリシャの時代です。紀元前4世紀に活躍した哲学者アリストテレスは地球球体説を支持し、その論拠を次のように述べています。

 ・南の地方で見えるのに北の地方では見えない星がある。
 ・月食は太陽光が生む地球の影だと考えられ、その影が丸い。

現代の我々は、近世の航海者コロンブスによる新大陸発見のエピソードに関して、地球が平面で海の果てが滝のようになっている図を教科書等で見た覚えがあると思います。

「中世の人々は海の果てにいけば落ちてしまうと信じていたが、コロンブスは勇敢にも実際に航海に出て、水平線の遥か先に大陸が存在することを実証してみせた」などとドラマチックに語られることもあります。もちろんコロンブスの冒険心は偉大です。しかし彼よりも約1000年前に、人類はただ観察と論理のみによって「地球が丸い」という知識をすでに得ていた、という事実も同じくらいドラマチックだと思うのです。

そしてさらにドラマチックなのは、古代ギリシャ人は「地球はおそらく球体であろう」という推察にとどまらず、なんと地球の大きさ(半径)までをも算出してしまったということです。

地球の大きさを測ったのは、アリストテレスよりも100年ほど後に生まれたエラトステネスという学者です。

アリストテレスほどではないにしろ、エラトステネスもそれなりに有名な人物です。僕は高校の世界史の授業で初めてその名前を見ました。試験対策に古代ギリシャの哲学者とその業績を1対1で覚えたものです。「エラトステネス……地球の大きさを測定……」と呪文のように唱えてテストを乗り切った記憶があります。

しかし考えてみれば、エラトステネスはどうやって地球の大きさを測ったのでしょうか?

センター試験で良い点数をとるためにエラトステネスの名前を暗記した人はたくさんいるでしょうが、彼が具体的にどんな方法を用いたのかを説明できる人は意外と少ないのではないかと思います。

きっと難解な数学的手法を組み合わせてゴチャゴチャ計算して導き出したんだろう、そんなの聞いても仕方ない、と思う人もいるかもしれません。僕も調べる前はそう考えていました。ところが蓋を開けてみれば、エラトステネスが取った手法は実にシンプルであり、そこに面白さがあるのです。

エラトステネスは、遠方のシエネという町で次のような現象が生じることを噂で聞いていました。すなわち、シエネでは「夏至の日の正午にすべての影が消え、深い井戸の底にも日光が届く」というのです。

一方、シエネの真北にあるアレキサンドリアでは、夏至の日の正午に影は短くなるものの完全に消えず、深い井戸の底は暗いままでした。エラトステネスはこの事実から「大地が平面ではこの違いは起こりえない」と確信し、そして「アレキサンドリアで夏至の日の正午に、地面に棒を立てて影の長さを測れば地球の半径を求めることができる」と気付いたのです。

図1


上の図を見ていただければわかりやすいかと思います。エラトステネスが行う作業は「棒を立てて棒と影の長さを測ること」と「シエネからアレキサンドリアまでの距離を調べること」です。そしてそのあと使う数学の知識は、「錯角が等しいこと」、「相似の三角形どうしでは対応する辺の比が一致すること」のみであり、どれも現代の小中学校で習う基本的事項なのです。

この方法を用いてエラトステネスが算出した地球の半径は、現代の技術を用いて求めた正確な値と比べても5-15%程度の誤差で収まっているようです。当時の距離の単位スタンジオンと現在のメートルとの変換法に諸説あるので幅がありますが、大きく見積もっても15%の誤差しかないというのは驚異的です。

人工衛生やレーダーどころか地上の長距離移動さえ困難な時代に、身の回りの現象の観察と基本的な数学思考のみによって、彼は自分が見たこともない地球の裏側までの距離をおよそ把握してみせたのです。言うなれば、人間の知性が発揮するロマンの最たるものがそこにあるように感じます。

その意味でエラトステネスのエピソードは、現代の我々が学問や教育といったものを考える上でも直接的な示唆に富んでいます。測定方法を聞けば小学生でも「なんだ簡単じゃないか」と納得できる内容です。しかし逆に、錯角と三角形の相似を学んだ小学生のうち何人が「これで地球の半径を計算できるかもしれない」という発想に至るでしょうか。まさしくコロンブスの卵のような話です。

若者の科学離れや子供の学力低下が叫ばれて久しく、“考える力”を養うために実施されたはずのゆとり教育もいつの間にか不完全燃焼で終わってしまいました。考える力は確かに大切ですが、それを育てるためには“考えるという行為の魅力”を子供に伝えなければ意味がなく、その点を失念していたことがゆとり教育の敗因の一つではないかと僕は思います。

たしかに「エラトステネス……地球の大きさを測定……」とひたすら呪文を唱えさせるだけの詰め込み教育はナンセンスです。しかし、「これからの時代は知識より思考が大切!だからエラトステネスの業績みたいな細かいことは知らなくていいぞ!」となってしまったら余計に駄目なのです。

もし全国の学校教師が生徒たちの前でエラトステネスの業績について熱く語ることができれば、それだけでも科学離れや学力低下に大きな歯止めがかけられるのではないかとさえ思います。少なくとも文科省が実施したゆとり教育よりは、「自分が知っている数学手法だけで地球の半径まで計算できるのか……!」と目をキラキラ輝かせる子供が多く出てくるのではないでしょうか。

「教育とは入れ物を満たすことではない。炎を燃え上がらせることだ。」

エラトステネスと同じ古代ギリシャのソクラテスが語ったこの言葉を、教育者側・大人側の人間が暗記し、肝に銘じなければならない。そんなことを感じている今日この頃です。


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