語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2019-10

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[2019-01-22]  ある夏の物語  

真冬に真夏の作品を味わうのも、また一興。
そんなわけで、美少女ゲームブランドKeyによる最新作「Summer Pockets」、読了しました。

素晴らしかった……!

これがエロゲだ、これが美少女ゲームだ。
(エロはないけど)
制作陣のそんな声が聞こえてくるような傑作でした。

主人公の鷹原羽依里は、ある事件がきっかけで不登校になっていた。
そんなとき舞い込んできた遠くに住む祖母の訃報。
遺品整理のために訪れた鳥白島で、彼は様々な仲間と触れ合っていく。

…夏。
…田舎。
…少女との出会い。
…友情、挫折、成長。

変化球など要らない。
小難しい哲学なんか捨ててしまえ。

美少女ゲーム業界が停滞し迷走する中で、
Keyというトップブランドが打ち出したのは“王道”への原点回帰でした。

見事な挑戦だったと思います。
なぜなら“王道”は、一つ間違えれば“陳腐”でしかなくなる。
奇抜なものは、奇抜というだけで一定の注目を集められます。
しかし基本に忠実な作品は、本物の実力がなければ人々の心に残らない。

作品をプレイし始めた当初は、僕の心は正直言って落胆に満ちていました。
どこかで見た設定。どこかで見た展開。
これがKeyなのか。これが今の美少女ゲームの限界なのか。

しかし読み進めていくうちに、だんだん気付いてくるのです。
文章が面白い。絵が美しい。音楽が心地よい。
楽しい日常の先には、必ず登場人物の苦悩と葛藤、そして涙を誘う結末が待っている。
そして全てのエンディングを見たあとに現れる「ALKA」と「pocket」。
ありきたりだと思われた物語の裏側に、実は壮大な時間軸が流れていた。
今まで見てきた取り留めのないエピソードの一つ一つが全て伏線となって、物語はとうとう最後の帰結を紡ぎだす。

ああ、これだった…と思いました。
僕が美少女ゲームの世界に足を踏み入れたあの頃に抱いていた、理想の作品像がここにあると。

当時は美少女ゲームは試行錯誤の時期であり、全ての条件を満たす作品にはなかなか出会えなかった。
だから、自然と忘れてしまっていた。
でも、いつの間にか、美少女ゲームはこれほどのバランスを備え、かつ確かな輝きを放つ作品芸術へと昇華されていたのだ、と。

 * * *

個人的にはこの「Summer Pockets」は、Keyの前作である「Rewrite」への“反論”ではないかと思っています。

「Rewrite」が「子の成長のために母が自らの命を犠牲にする話」だったとすると、
「Summer Pockets」は「母を救うために子が自らの命を犠牲にする話」でした。

Rewriteはニーチェ思想を基軸にして哲学と文学の独特の融合を果たしましたが、Summer Pocketsには哲学の要素はまったくありません。物語を貫くのは、「一人の少女が母を求め、愛する心」。ただそれだけです。

僕は哲学が好きですし、Rewriteという物語の完成度は神のレベルだと思っています。しかしSummer Pocketsに込められた「これがエロゲだ。これが美少女ゲームだ。」というKeyの堂々たる原点回帰の信念にも、あっぱれと大きな拍手を送りたい。

「終わりのない夏休みなんて嫌でしょ?
 期間が決まってるからいいのよ。
 ポケットに思い出がこぼれないように入れておくの。」

「Summer Pockets」は、母を救うために子が自らの命を犠牲にする話でした。
でも最後は文句なしのハッピーエンドです。
ところが、心のどこかに悲しさが残る。
救われなかった誰かがいるわけではありません。
このあときっと全員が幸せになれるだろうという、大団円です。
なのに、ぬぐい切れない寂しさがある。
今を幸せに生きている大人が、ふと「あの少年時代の夏にはどうやっても戻れないんだよな」と気付いてしまう、そんな寂しさが。

不思議な読後感です。
素晴らしい物語でした。

 * * *

ちなみに「ALKA」という章の題名の由来は作中では言及されず、考察の余地があります。
とはいえ僕の頭で考えてもさっぱりわからなかったので、ネットで調べたところ良い説がありました。

・「アルカ」→「ある夏」
・「アルカ」→「児化」

この二つをかけているというのです。

ちなみに“児化”は中国語の文法用語で“アルカ”と読み、中国語において語尾に児(アル)を付けることを指します。ALKAの章では、とある少女がどんどん幼児退行してしまう描写があり、そのことを暗示しているのか。あるいは「子供の頃に戻る」という、この作品全体を紐解くヒントを表しているのか。

OPの曲名が「アルカテイル」であることからも、結構合ってそうな感じではないでしょうか。


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