語りえぬものはかく語りき

柾葉進の徒然なる随想ブログ

2019-10

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[2017-05-29]  『永遠の0』と『魔法少女まどか☆マギカ』の類似点に関する考察  

【本記事は、2015年8月に刊行した同タイトル書籍の全文となります。発刊から一定期間が経過したため掲載致します。新刊案内時の記事はこちらです。】

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(1)はじめに

今年僕が読んだ本の中で特に印象に残っている作品の一つに、『永遠の0』がある。2013年に映画化されて話題になっていた本作だが、「戦争もの」ということで何となく避けてしまっている人も多いのではないかと思う。だが少なくとも言えることは、原作小説と映画版のどちらにおいても、いわゆる戦争賛美の視点に立った物語では決してなく、むしろそれとは真逆のメッセージ性を持つ作品だったということである。そのメッセージが正しいかどうかはともかくとして(僕自身、この作品の方向性に賛同できない部分も少なからずあるのだが)、明治維新以降の近代日本の集大成であり、終点であり、そして現代の日本の起点ともなった太平洋戦争について、多岐にわたる情報および一定の見方を提示してくれているという点で、そこから連なる今という時代を生きる日本人にとって一読あるいは一見の価値が十二分にある作品だと確信している。

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[2017-04-27]  ほのぼの神社のすすめ  

皆さんは“世界でもっとも数多くアレンジされている曲”をご存知でしょうか?

僕ははっきりとは知りません。詳しい人がいたら教えてください。
世界各地の民謡やクラシック音楽などを含めたら、なかなか正確な数値化が難しいようにも思います。

ただ、ちょっとネットで調べてみたところ「アレンジ数が多い」ということで一番有名なのが「popcorn」という曲のようです。

調べて聞いてみたら、たしかに僕もこの旋律に聞き覚えがありました。
つまりはそれくらい色々な場所で使われているということでしょう。
(カバー曲は数百~数千あると言われており、アマチュアも含めるとさらに大きい数になるようです。)

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[2015-08-21]  アニメ作品に見るニーチェの思想  

19世紀末のドイツにおける代表的な哲学者フリードリヒ=ニーチェの思想は、当時の西洋哲学界に対して大きな衝撃をもたらしただけではなく、20世紀以後のいわゆる現代哲学の各潮流にとっても無視することのできない、重大な指摘を内包するものとしての存在感を示していました。そして21世紀を生きる我々現代人にとってもそれは同様であり、また哲学の世界だけではなく、様々な物語作品の中にその思想の残滓を読み取ることができる例というのも、今ではいくつか存在します。

今回は日本のとあるアニメ作品について、それを考えてみたいと思います。

さて、その前にニーチェの思想とは何だったかを整理しておくと、一言で表すならば「神は死んだ」でした。もう少し詳しく言うならば、「あの世基準ではなくこの世基準で物事を考えろ」ということです。そしてさらに正確に言うならば、たとえこの世基準であっても他人に言われるままではダメで、自分で自分の生き方をしっかり考えなくてはならない。そして「こう生きよう」と思った道を見つけたならば、何としてもその道を進んでいけ、という力強いメッセージを含んだ哲学でした。

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[2015-07-23]  ニヒリズムとどう向き合うか  

タバコを吸う主人公というのは、美少女ゲームにおいては珍しい気がする。 学園を舞台にした作品においては特に、である。主人公が学生であるにも関わらずタバコを吸っているということは、彼がいわゆる不良であるとか、あるいはそこまでいかなくとも世間や大人といったものに多かれ少なかれ反抗的であるとか、いずれにせよ不真面目なイメージがどうしても付随してしまう。

元来、美少女ゲームというのはシミュレーションゲーム、すなわちプレイヤーが主人公と同じ視点に立って、ゲーム内で起こる出来事を追体験するという趣旨のエンタテインメントとしての性質を持つ。そこではプレイヤーが自分と主人公を重ね合わせるという過程が必要となるが、主人公が妙に個性的だったり、あるいは好感のもてないキャラだったりするとプレイヤーは主人公に完全に共感できず、結果として物語に入り込むことができない。

それが恋愛物語ならなおさらである。共感できない主人公の恋愛の過程を画面越しに読み進めるなんていうのは、興味のない知り合いの恋愛話を延々と聞かされるよりもたちが悪い。だからこそプレイヤーの分身となる主人公には、あまり特徴のない、あたりさわりのない、無難な人格が好んで用いられてきた。厭世的で、毎日学校の屋上でタバコを吹かしている……などというのは、恋愛シミュレーションゲームの主人公にはふさわしくないのである。

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[2015-06-17]  桜、うそ、現代社会  

「ねぇ、兄さん。うそはね、願いによく似ているの。
 そして、“憧れ”。」


ヒトが理性によって特徴化される社会的動物である限り、「合理的」という言葉は往々にして肯定的なイメージで捉えられる。

ゆえに人間社会は常に合理化される方向に進んでいく。日常の細部にまで理屈が浸透し、我々の生活は徐々に整備される。それを実行する社会的意思は、歪なる存在を不快とする。二つの事物に差があればそれらを均し、「平等になった」と安堵する。

整備が進めば進むほど、やがて些細な歪みまでもが排除の対象となる。理屈に合わないもの、感情的なもの、「正しくない」ものは悪だとされる。我々人間にとって最も身近な不正である、“うそ”でさえも。かくして、理路整然として美しい社会、きれいな世界は完成へと向かう。

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[2015-05-11]  最果てのイマ  

密度と言ってもいろいろあるが、“知的密度”が高いエロゲと言えば、やはり2005年にXuseが世に放った『最果てのイマ』が真っ先に挙がるのではないかと思う。シナリオライターは田中ロミオだ。よくもまあこれほど凄まじい作品を作ったものだと感嘆せざるを得ない。

ネットでは彼独特の文章の調子を「ロミオ節」と呼ぶことが多いが、ロミオ節がもっとも凝縮されているのがこの『最果てのイマ』ではないだろうか。少なくとあらゆる田中ロミオ作品の中で随一の難解さを誇っており、読み応えという点において、この作品を上回るものはエロゲ全体で見てももそうそう名前が挙がらないだろう。

田中ロミオと言えば『CROSS†CHANNEL』というのが世間一般の認識である(といってもかなり限られた世間ではある)が、『最果てのイマ』はさらに輪を掛けて通向けなところがある。日本酒に例えるならば『CROSS†CHANNEL』は清酒で、『最果てのイマ』はにごり酒といったところだろう。にごり酒は清酒より栄養価も高く、濃厚な味わいが楽しめる。ただ、もちろん一周回ってやっぱり清酒が王道だねというような点が『CROSS†CHANNEL』にもある。酒好きが皆にごり酒を好むとは限らないのと同じで、ロミオの玄人ファンの中でも両作品の間で好みは分かれるのではないかと思う。

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[2015-04-21]  プリパラ  

世の中には「女児向けアニメ」というものが存在します。

土曜や日曜の朝にやってるアニメですね。文字通り幼い女の子向けに作られたアニメですが、大の大人がそれを見てはいけないという法は存在しません。むしろ大人だからこそ楽しめる面があります。(変な意味ではありません。いや、まあどこからどうみても変ではあるんでしょうけど……)

結論から言うと、今やっている『プリパラ』という女児向けアニメが、びっくりするほど面白いんですよね。

知人から勧められて、最初は正直「うーん、女児向けアニメかー……」と気乗りせず見ていたのですが、いつのまにかドハマリして、毎話少なくとも2周はするようになってしまいました。僕は基本的にアニメは何度も繰り返して見るタイプではないので、毎回2周するというのは僕にとって結構どえらいことです。

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柾葉 進  (まさば すすむ)

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哲学、歴史、文学、評論等。アニメやエロゲ(美少女ゲーム)を切り口にして論じたものが多数あります。

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